
3Dプリンターの糸引きを撲滅する|リトラクション設定の基本と素材別チューニング術
FDM方式の3Dプリンターで最も多いトラブルの一つが「糸引き(Stringing)」です。ノズルが移動するたびに細い糸状のフィラメントが残り、完成品の見栄目が台無しになった経験はありませんか? 原因の多くはリトラクション設定とノズル温度の不適切さにあります。本記事では、糸引きが起きるメカニズムから、PLA・PETG・TPUの素材別に最適なパラメータ値を示し、テストタワーを使った具体的な調整手順まで解説します。
糸引きはなぜ起こるのか — 3つの原因
糸引き(Stringing)は、ノズルが造形エリア間を移動するときに、溶けたフィラメントがノズル先端から少量漏れ出すことで発生します。主な原因は次の3つです。
1. リトラクション不足
リトラクションとは、ノズル移動時にフィラメントを一時的に引き戻す動作のことです。引き戻し量(距離)や速度が足りないと、ノズル内に残った溶融樹脂が移動中に垂れてしまいます。
2. ノズル温度が高すぎる
温度が高いほどフィラメントの粘度が下がり、流動性が上がります。結果として、リトラクションで引き戻しても樹脂がノズル先端から糸を引きやすくなります。
3. 移動速度が遅い
ノズルが造形エリア間を移動する速度(トラベル速度)が遅いと、移動中に樹脂が漏れ出す時間が長くなります。トラベル速度を150〜200mm/s程度に引き上げるだけで改善するケースも少なくありません。
このほか、フィラメントが吸湿していると水分が蒸発する際に余分な樹脂を押し出してしまい、糸引きが悪化します。特にPETG・ナイロン・TPUは吸湿しやすく、50〜60℃で4〜6時間乾燥させることが推奨されています。
リトラクション設定の3大パラメータ
糸引き対策の核心は、スライサーのリトラクション設定を正しく調整することです。ここでは最も重要な3つのパラメータを解説します。
リトラクション距離
ノズル移動時にフィラメントを引き戻す長さです。エクストルーダーの方式によって最適値が大きく異なります。
- ダイレクト式:0.5〜2.0mm(エクストルーダーとノズルが近いため短い距離で十分)
- ボーデン式:2.0〜7.0mm(チューブが長い分、多めに引き戻す必要あり)
距離を長くしすぎると、再押し出し時にフィラメントの供給が遅れ、造形物に隙間ができることがあります。少しずつ値を上げて調整しましょう。
リトラクション速度
フィラメントを引き戻すときのモーター速度です。一般的には25〜60mm/sの範囲で設定します。速度が遅すぎると引き戻しが間に合わず糸引きが出ます。逆に速すぎるとフィラメントが引きちぎれたり、ギアが空回りするリスクがあります。
- 推奨スタート値:40mm/s
- 調整幅:5mm/s刻みで上下に調整
ノズル温度
温度を下げると粘度が上がり糸引きは減りますが、下げすぎると押し出し不良やノズル詰まりの原因になります。各素材の推奨温度範囲の下限寄りから試すのがコツです。
素材別リトラクション設定ガイド
PLA・PETG・TPUはそれぞれ粘度や弾性が異なるため、同じ設定では対応できません。以下にエクストルーダー方式別の推奨スタート値をまとめます。
PLA(ポリ乳酸)
糸引きが比較的起きにくい素材です。リトラクション設定のチューニングが最もやりやすく、初心者の練習に適しています。
- ノズル温度:190〜210℃(推奨スタート:200℃)
- リトラクション距離:ダイレクト式 0.5〜1.0mm / ボーデン式 4〜5mm
- リトラクション速度:40〜50mm/s
PETG(グリコール変性ポリエチレンテレフタレート)
PLAより粘度が高く、糸引きしやすい素材として知られています。温度を下限寄りに設定し、リトラクション距離をPLAより1〜2mm長めにするのがポイントです。
- ノズル温度:220〜240℃(推奨スタート:225℃)
- リトラクション距離:ダイレクト式 1.0〜2.0mm / ボーデン式 5〜7mm
- リトラクション速度:35〜45mm/s
PETGは吸湿性が高いため、フィラメントの乾燥も重要です。開封後はドライボックスに保管し、糸引きが改善しない場合はまず乾燥を試してみてください。
TPU(熱可塑性ポリウレタン)
柔軟性のある素材のため、リトラクションを強くかけるとフィラメントが座屈(チューブ内で曲がる)してジャムの原因になります。基本的にはリトラクションを無効にするか最小値で使用します。
- ノズル温度:220〜240℃(推奨スタート:225℃)
- リトラクション距離:ダイレクト式 0〜1.0mm / ボーデン式 非推奨(ジャムしやすい)
- リトラクション速度:20〜30mm/s
TPUの糸引きを減らすには、リトラクションよりもトラベル速度を上げる・温度を下限に近づける方が効果的です。
テストタワーで効率よく調整する手順
リトラクション設定の最適値を見つけるには、テストタワー(リトラクションタワー)を使うのが最も効率的です。複数の設定値を1回のプリントで比較できるため、試行錯誤の時間を大幅に短縮できます。
ステップ1:テストモデルを入手する
ThingiverseやPrintablesで「retraction tower」や「stringing test」と検索すると、無料のSTLファイルが見つかります。2本の柱が並んだシンプルなモデルが定番です。
ステップ2:スライサーで段階設定を入れる
Cura(バージョン5.x以降)では「Extensions」→「Post Processing」→「Modify G-Code」からリトラクションタワー用のスクリプトを追加できます。一定の高さごとにリトラクション距離や速度を段階的に変化させるよう設定します。
たとえば、ボーデン式プリンターでPETGを試す場合、リトラクション距離を3mmから7mmまで0.5mm刻みで変化させるよう設定すると、1回のプリントで9段階を比較できます。
ステップ3:プリントして最適値を読み取る
プリントが完了したら、各セクションの柱間を目視で確認します。糸引きが最も少ないセクションの設定値が、そのフィラメントとプリンターの組み合わせにおける最適値です。
ステップ4:本番データで最終確認
テストタワーで見つけた値をスライサーに反映し、実際にプリントしたいモデルのテスト出力を行います。複雑な形状では移動パターンが変わるため、テストタワーの結果と異なることもあります。微調整が必要な場合は0.5mm単位で距離を前後させてみてください。
リトラクション以外の糸引き対策
リトラクション設定だけで糸引きが解消しないときは、以下の追加対策も試してみましょう。
- トラベル速度を上げる:150〜200mm/sに設定すると、移動中の樹脂漏れを最小限に抑えられます。
- コースティング(Coasting):セクション終了の直前にフィラメント供給を止めることで、ノズル内の残圧を逃がす機能です。Curaでは0.064〜0.2mm³程度で効果が出ます。
- ワイプ(Wipe):リトラクション前にノズルを造形物の上で拭く動作を入れることで、糸の起点を造形物内に収められます。
- フィラメント乾燥:吸湿したフィラメントは造形品質全般を悪化させます。フィラメントドライヤーやフードドライヤーでの乾燥が効果的です。
- ノズルの清掃・交換:摩耗したノズルは内径が拡大し、樹脂が漏れやすくなります。真鍮ノズルは使用頻度に応じて定期交換が推奨されます。
よくある質問
リトラクション距離とリトラクション速度、どちらを先に調整すべきですか?
まずリトラクション距離から調整するのが効率的です。距離が適切でないと速度をいくら変えても効果が薄いためです。距離を決めてから、速度を5mm/s刻みで微調整しましょう。
ダイレクト式とボーデン式で設定値が違うのはなぜですか?
ボーデン式はエクストルーダーとノズルの間に長いチューブがあり、チューブ内のフィラメントのたわみを吸収するために多めに引き戻す必要があるためです。ダイレクト式はノズル直上にモーターがあり、少ない距離で十分な引き戻しが可能です。
PETGの糸引きがどうしても消えません。どうすればよいですか?
まずフィラメントの乾燥を試してください(50〜60℃で4〜6時間)。それでも改善しない場合は、ノズル温度を推奨下限付近(220〜225℃)まで下げ、コースティングとワイプ機能を併用すると効果的です。
TPUでリトラクションを有効にするとフィラメントが詰まります
TPUは柔軟素材のため、リトラクションを強くかけるとチューブ内で座屈します。ダイレクト式なら距離を0.5〜1.0mmに抑え、ボーデン式ではリトラクション無効にしてトラベル速度と温度で対策するのが安全です。
テストタワーで最適値を見つけたのに実際のモデルでは糸引きが出ます
実際のモデルではテストタワーと移動パターンが異なるため、結果が変わることがあります。テストタワーで見つけた値を基準にしつつ、リトラクション距離を0.5mm単位で微調整してください。スライサーのプレビューで移動線(トラベル)を確認するのも有効です。
参考リンク
- 3Dプリンタで起きる糸引きについて考える — Nature3D
- 3Dプリントの糸引き(ストリング)対策マニュアル — SK本舗
- Retraction | Ellis' Print Tuning Guide — Ellis3DP
- Travel and Retraction — Polymaker Wiki
- Retraction Dual Tower Test — Printables



